明治・大正時代の文献では英語教授という
言い方がよく使われていて、「英語教育」はむしろまれで、おそらく昭和になってから使われ始めたものと考えられる。
わが国における現代の英語教育は、英語を外国語として英語によって学習することを目標としている。
したがって、英語の教授とともに、英語的な思考形式を教授していることになる。
英語教育の意義は、母語との比較を通じて言語感覚を鋭くするとともに、ともすれば単眼となりがちな見方を複眼として、広い視野にたって考える人間を形成することにあり、また国際語の一つとなった英語を通して、言語を異にする人々と意志、思想を伝達しあう道具として身につけることにある、といってよいであろう。